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 音が、ただ広がっていく。




「生意気だよね。ただの反響音が、あんなものをもらうなんて」
 ノイズの声が、また、いつものように響く。
 くすくす、くすくす、と絶え間ない笑い声と共に。
「いいなぁ。ヴィンセント。ボクも青い羽がほしいなぁ」
 もちろん、ヴィンセントからほしいんだよ。そう言って、ヴィンセントにノイズは腕を伸ばした。
「ツヴァイが欲しがるなら、幸福の鳥の羽でもむしり取って飾ってあげようか」
「嬉しい。素敵だね! ヴィンセント」
 その提案はノイズを喜ばせたらしい。
 ヴィンセントの足元が揺れる程の勢いで、彼に飛びついていく。
「ボクはヴィンセントの役に立つのが嬉しいよ。ヴィンセントが世界で一番好き!」
「ありがとう。ツヴァイ。それに比べてエコーは薄情だね。僕を置いてオズ=ベザリウスなんかと楽しい時間を過ごしていたんだから」
「そうだよ。オズ=ベザリウス。あいつなんて、アヴィスにずっといればよかったのに」
きゃはははは、とノイズは大きい笑い声をあげた。
「ねぇ。ヴィンセント。面白いよ。そんな事ないって、エコーが言ってる。単なる反響音のくせに生意気だよ。本当に。うるさいなァ」
(エコーは何も言っていません!)
「言ったよ。ボクの体なんだから、ボクにはちゃあんと聞こえる。ねぇ、エコー。そんなに楽しかった? 青い羽が嬉しかった? あいつが好きなの?」
(エコーはただ、感謝しただけです。オズ様は、エコーの知らない事を教えて、くれました。それを、感謝した事がおかしいとは思いません)
 楽しいと、いう事。あれは、オズがエコーの手を取って、祭りの中へと連れ出してくれなければ、きっと一生わからないままの事だった。
「オズ様! オズ様だって! でも、駄目だよ。ボクはヴィンセントのものなんだから。この体はヴィンセントのものなんだ。オズ=ベザリウスにはあげられない」
 もちろん、おまえにも渡してなんてやらない。
 ノイズの宣言にヴィンセントが薄笑いと共に頷く。
(……ヴィンセント様)
 呼んだ所で、自分以外には聞こえる筈のない声。
 だから、エコーは何もしない。ただ、ノイズと同じ景色を眺め続ける。
 今までは、ずっとそうしてきた。
 ずっと。ずっと。
 なのに、今、涙が零れるような錯覚に襲われる。実体を持たないままの今のエコーには、感覚なんて必要ないはずなのに。
「あはははは。いい気味だよ! ボクが今までどれだけヴィンセントに触れられなくて寂しかったか、思い知るいい機会だ」
「そんなに寂しかったの? ツヴァイ」
「寂しかったよ! ……だってヴィンセントがボクを呼んでくれないんだ」
 ボクはずっとここにいるのに。胸のあたりを抑えたノイズは、そのままごろごろと猫が甘えるようにヴィンセントに身体を寄せた。
 ヴィンセントもそれを咎めず、されるがままになっている。
「じゃあ、その分、今から何度でも呼んであげるよ。ね? ノイズ」
「本当! 嬉しい。嬉しいよ! 大好き! ヴィンセント」
 そして、エコーの名前は誰にも呼ばれなくなる。
 それが繰り返される。
(分かっています。エコーはただの反響音ですから)
 反響音は、いつだって別の音から生まれる。反響音が存在するのは、結果論であり、自立的なものではないし、その必要もずっと感じていなかった。
(なのに、どうして)

 エコちゃん。

 聞き覚えのある声を、思い出す。笑顔を。青い羽をくれた指先を。
(!)
 はっとなって、エコーは思考の遮断を必死に試みる。
 思考はいつだってノイズに読みとられる。だが、この感覚を、彼女と共有したくはなかった。
(…………?)
 しかし、予想に反して、何もない。
 先程まで、四方からエコーを責め立てていたノイズの声がぴたりと止んだのだ。
 試しに身体の感覚を拾ってみれば、感覚は鈍いか、作用していない。視界からの情報も遮断されている。
「よくお眠り。ツヴァイ」
 ヴィンセントの声にエコーは状況を確認する。
 ヴィンセントにふれられてすぐ、ノイズはご機嫌なまま眠りに落ちたようだ。
「エコー」
 その声が今度はエコーを呼ぶ。
「悪い子にはお仕置きが必要だ。だから、ノイズにもちゃんと謹慎してもらったよね。今度は、エコーにも謹慎してもらわなきゃ。こんなに僕の気持ちを裏切ったんだから」
(エコーはヴィンセント様を裏切ったりはしません)
 エコーの声が、聞こえる筈もないのにヴィンセントは冷たい瞳でエコーを(ノイズを)見下ろした。
「僕の知らない所で、勝手に楽しくなっていれば、充分裏切りだよ」
 おまえは、そんな事知らなくていいんだ。ヴィンセントの声が響く。
「裏切り者」
 床の上に人形の腕が千切れて落ちているのが、ぼんやりと開けられたノイズの瞳を通して見えた。
《そうだよ。おまえなんて裏切り者のくせに》
  眠りに落ちかけていながら、勝ち誇ったような、ノイズの声も同時に響く。
 ふ、とまた視界は遮断されて闇の中に全てが落ちていく。それに逆らう術はない。そのまま、体の眠りにつられて、エコーの思考も緩やかに落ちていく。
(エコーは、裏切り者では、ありません)
 そう、主に告げる事は出来ないまま、エコーの意識は途切れた。




 ヴィンセントが責めるようなことは何もない。
 それをヴィンセントは何よりも知っているはずなのに、どうしてこんな風になるのか。エコーには、分からないし、同時によく分かるような気もする。
 ヴィンセントは、エコーを知っているし、エコーもヴィンセントを知っている。
 ただ、事実としてそれはそこにある。
 比較するなら、きっと、「彼」は何も知らない。
『プレゼント』
 青い羽の意味も知らないで、エコーにそれを渡したように。
 知らないままの方が、彼には幸福だろうか。
 成人の儀で、彼を襲ったバスカヴィルの一人が、すぐ目の前にいた事を知った時、彼はどうするだろうか。
 好意的な答えが返ってくるとは思えない。
(なのに、到底、論理的な思考とは思えません)
 自分の思考をエコーは冷めた頭で解釈する。
(今、この時に呼んでほしいなんて)
 呼んで、ほしいと願う気持ちが、ある筈のない鼓動さえ感じさせる。何もかも、論理的な思考には程遠い。
それでも。
(…………オズ、様)


 彼は、きっと何も知らない。
 あの時も、今も、あなたの名前を呼んだ事を。
 その音がずっとずっと広がっている事も。



……オズエコのつもりで、オズがいない話。ヴィンセントは一見ひどい感じですが、これで多分さびしがってるだけかもしれません。
2010/10にギルオズスペースなのに空気読まずに置いていたエコー話です。




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