「……」
櫂はしっぽを揺らしていました。
「…………」
ふさふさと揺らしていました。
「………………ここ、どこ?」
【ふわふわ櫂と、黒い鳥】
櫂は水落さん家に飼われている仔犬です。
双子の兄の翔も一緒です。
でも、今、櫂はひとりぼっちでした。「……」
今日も、いつもどおりのお散歩に出かけたはずでした。
けれど、どうしたことでしょう。
気が付けば、目の前にいたはずのセナと翔がいなくなっているのです。一人と一匹を探して櫂は小さな通りにとびこみました。
そして、ぐるぐるぐるぐる回ったのです。『櫂。はぐれた時は、そこを動いちゃだめだよ』
そんな翔の言葉を思い出した時には、
もう櫂はどこにいるのかわからなくなってしまっていたのです。「……どうしよう」
どうしたらいいのでしょう。
仔犬らしく、お家の匂いを辿ってみようとそう思うのですが、
全く分かりません。心細くて泣いてしまいそうでした。
「櫂?」
その時、お空から声がしました。
そして、櫂の足元に一枚の黒い羽がふってきます。「……なぎ!」
それは、黒い鳥の「凪」でした。
凪は翼を閉じると、櫂のそばにおりてきました。
「やっぱり櫂だ。どうしたの?」
凪がにっこり笑ってくれます。
それだけで、櫂は泣きそうな気持ちがなくなっていくのを感じました。「凪!」
もう一度名前を呼べば、凪は櫂の頭と耳を撫でてくれました。
凪は、櫂が水落さん家に飼われるようになる前に出会った友だちでした。
凪には犬耳もしっぽもありません。
代わりに背中には大きな黒い羽があります。そう。凪は鳥でした。
だから、気が付いた時にはもう一緒に居られなくなっていたのです。
「櫂はやっぱり、ふわふわで、綺麗なままだね。すぐに櫂だってわかったよ」
一緒にいた頃、凪はさみしがりやの櫂の頭を撫でてくれました。
耳もしっぽも、ふわふわで素敵だねと言ってくれました。「凪の方がずっと綺麗だよ」
「ううん。櫂の方が綺麗だよ」
凪はいつでも、そう言ってくれた事を思い出します。
「櫂。今日は翔兄ちゃんと一緒じゃないの?」
きかれて、櫂は困ります。
一緒でした。確かに一緒だった筈なのです。
でも。「……櫂。迷子なの?」
黙っていると、凪が気付いてしまいました。
「…………うん」
とても恥ずかしくなって、櫂はうつむきます。
せっかく凪に会えたのです。
凪にまた会えたら、りっぱな仔犬になった姿を見せようとそう思っていたのに……。
そう考えると悲しくなってきてしまいました。「泣かないで。櫂。僕がお家に連れて行ってあげるから」
「え?」
「大丈夫。お家の場所は知ってるから」
凪がまた笑ってくれます。
でも。
不思議な事に櫂は気付きます。「凪……。僕と翔の家知ってたの?」
その質問に凪は少し困ったような顔をしました。
「……うん。知ってたよ」
そう言って、凪はもっと困った顔をします。
「なら、どうして、会いにきてくれなかったの!?」
凪は櫂の大事なお友だちでした。
櫂は凪にずっと会いたいと思っていたのです。「……黒い羽だから」
悲しい顔になってしまった櫂に、凪も悲しい顔をします。
「黒い鳥は不吉だって、前に居たお家で言われたんだ。
だから、しあわせな櫂のところにいったら、だめだって思って」櫂のしあわせを壊したくなかったから。
寂しそうに凪が言います。
「凪……」
「僕は櫂がしあわせなら、それでいいんだ」
けれど。凪は寂しそうです。
寂しそうで、でもそれでいいと笑うのです。「……櫂。どうして泣いてるの?」
気が付けば、櫂の目からは、ぽろぽろと涙が零れていました。
だって、いやなのです。
櫂はしあわせです。翔もセナも櫂を可愛がってくれます。
それでも、凪が寂しそうにしているのはいやなのです。凪にだって、しあわせでいてほしいのです。
凪とだって、一緒にいたいのです。
それはわがままなのでしょうか。
黒い鳥と仔犬は仲良くしてはいけなかったのでしょうか。
「凪……」
「なに?……櫂」
「大好きだよ」
そう言えば、凪はとてもしあわせそうに笑ってくれました。
だから、家につくまでの間、たくさんの大好きを櫂は言いました。
また会うまで、少しでも凪にもしあわせでいてほしかったのです。
櫂は凪が大好きでした。
凪も櫂が大好きでした。だから、黒い鳥と仔犬でも、また会えるはずです。
そう思いながら、何度も櫂は言ったのでした。
(おわり?)
07/05/25UP。
せなとふたごのつづき?というより、同設定での凪櫂な感じです。
何か消化不良なお話ですが、鳥と仔犬の友情を書きたかったんじゃないかと思います。
凪と櫂は、どんな事があってもも仲良しだと思ってます。