あるところに、一軒の小さなおうちがありました。
家の主は水落セナさん。赤い髪も素敵な、いい感じのお年のお兄さんです。
そんな彼の家には二匹の仔犬がいます。
そして、その双子の仔犬は、「翔」と「櫂」。そう呼ばれていました。
【せなで、ふたごなほん(だったもの)】
セナには宝物があります。
それは、自分に懐いてくれる可愛らしい仔犬たちです。
だから、今日も仕事が終わるとセナはすたすたとおうちに帰ります。天使のように可憐で、愛らしい仔犬が彼を待っているのです。
そう思うだけでセナはしあわせになります。
しあわせになっていると、お家が近づいてきます。
どたばた
おや。
何か音が聞こえます。何の音でしょう。どたばた。どたばた。
ばんっ。
「セナぁー。助けて!」
開いたドアはセナさんのお家のドアでした。
そして、ドアを開けて出てきたのは双子の一人、翔です。
がばっとセナに抱きつくと、しっぽをきゅうっとします。
体も小さくしています。「どうしたんですか?翔」
いったいどうしたのでしょう。
翔が涙目でセナを見て何か訴えようとした時でした。
ばちばちっ。
今度は何か嫌な音がしました。
「セナ…。翔を渡してもらうよ」
鬼気迫った顔で立っているのは双子の片割れ、櫂です。
怖い顔をしているだけではありません。
左手からはばちばちっと音を立てる何かが出ています。「たすけてっ。セナ!櫂の、櫂のフォースボムは痛いんだっ」
セナさん家の双子はただの仔犬ではないのです。
何と魔法も使えます。突然変異の仔犬、魔法仔犬なのです。「櫂……。翔が何かしたんですか?」
櫂と翔はとっても仲良しです。
それなのにケンカをするなんてどうしたことでしょう。「首輪の洗濯…。今日こそしてもらうからって言ったのに、逃げるからだよ」
ばちばちしながら櫂がいいます。
そう。セナさん家の双子はとても賢いのです。
首輪の掃除も自分で出来てしまうのです。「出来てないから」
ナレーションにも突っ込めます。とても賢いのです。
「セナぁ」
翔はびくびくです。
そんな翔が逃げないように捕まえながらセナは優しく聞きます。
「翔…。何がそんなに嫌なんですか?」
「わかんない。でもさ…掃除なんかしなくたって大丈夫だと…思うし」
翔の首にはいつも首輪があります。
お気に入りなのかいつもいつもそれをしています。「大丈夫?大丈夫じゃないから僕が言ってるの!」
「雨の時に洗ってるよ!」
「それは濡らして、乾かしただけだろ!」
ケンカです。このままではフォースボムでばちばち決定です。
「翔……。掃除をしたら、きっともっと首輪が気持ちいいですよ」
「え?」
その言葉に翔は首をかしげました。
「さらさらの首輪はとってもとっても気持ちいいですよ」
「………」
「大丈夫。怖い事なんて何もありません。
今度お風呂に一緒に入った時に洗ってあげますから。ね?」きもちいい…首輪。その言葉に翔の心も動いたようです。
「うん。洗う!」
セナさん家の双子はとても素直なのです。
これでケンカもしなくなる筈です。
そう、セナも思いました。ところが。
櫂の様子がおかしいままです。「櫂?」
拗ねてます。
ぷんぷんしています。「櫂。どうしたんですか?お部屋に入りましょう」
「櫂。ごめんな。な、一緒にご飯食おう?……仲直り」
仲直りをしようと翔が櫂をぺろっと舐めようとした時です。
櫂はぷんっと横を向いてしまいました。「櫂?」
セナと翔が櫂を呼びます。
「二人とも…きらい」
櫂は怒っているようでした。
でも、セナと翔には何故かわかりません。「???」
二人とも?マークをいっぱいだします。
すると、櫂が叫び出しました。「セナは翔の味方なんだ。翔の方が可愛いんだっ」
どうやらセナが翔をなだめたことに怒っているようです。
「翔も、僕よりセナの方がいいんだっ!僕が言っても聞いてくれなかったのにっ」
セナも翔もやっと分かりました。
櫂は自分がひとりぼっちにされたのが嫌だったのです。
櫂の目の前で二人だけ仲良しだったのが寂しかったのです。そんな事はないのです。
セナは双子が大好きです。翔も櫂も可愛いのです。
翔だって、そうです。セナも、櫂も大好きです。だから、そう言います。
でも。
櫂は拗ねたままです。
もしかしたら、何か他にも気にしている事があるのでしょうか。「…………おそろい」
「え?」
その時、櫂が小さく呟きました。
「だって…セナと翔は…お揃いなのに…僕だけ」
櫂の目はセナのチョーカーと翔の首輪に注がれています。
「だから、二人とも僕より、僕より!」
「…それを言ったら、君と翔は服がお揃いじゃないですか?私だけ違いますし」
「学生服はお揃いなんて言わない」
泣いてしまいます。
ずっと櫂は気にしていたのです。二人だけおそろいの首輪をしている事を。
でも、羨ましいなんて言えなかったのです。
そんな、コドモみたいな事を言ったら笑われると思っていたのです。
泣いている櫂を翔はきゅっと抱きしめます。
セナも櫂をきゅっと抱きしめます。
そうして、きゅっとしていると、泣きつかれたのか櫂は
すやすやと眠ってしまいました。櫂が眠るとセナと翔は秘密の相談をはじめることにしました。
そして。何日か経ちました。
「プレゼント?」
櫂はプレゼントの箱を持っていました。
セナと翔が選んだプレゼントです。……箱をあけると、なかには何かがちょこん、と入っています。
そう。首輪です。
「おそろい?」
櫂はプレゼントを見ながら首を傾げます。
「お揃いですよ」
「おそろいだよ」翔もセナも頷いてくれます。
「………おそろい」
櫂のしっぽがぱたぱたふられています。
とっても、とっても嬉しいようです。
櫂が喜んでくれるのは、翔もセナも、とても嬉しいことでした。喜んでくれるようにいっぱい考えたからです。
本当はリボンを買ってもいいかと思ったのです。
青いリボンと赤いリボンを結んだ双子はとっても可愛いだろうと
セナは思ったのです。
でも、やめました。
それよりも、まずはおそろいのプレゼントだからです。今度は、しっぽにつけるリボンを買おう、と思いながら
セナは櫂に首輪をつけてあげました。「はい。できましたよ」
首輪は櫂の首にぴったりでした。
「………ありがとう…」
翔も、櫂も、セナもきゅっと付けた自分の首輪と、他の二人の首輪を見比べながら、何だかとても嬉しくなっていました。
だって、おそろいなのです。
とってもとっても嬉しくなってしまうのです。一人と二匹の暮らしは、いつだって、しあわせでふわふわです。
けれど、今日は、もっともっとふわふわになれる気がして、
一人と二匹はふわふわ笑ったのです。(おわり。)