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人で賑わう街中を櫂は一人で歩いていた。
「櫂?」
そのざわめきの中から聞き慣れた声に呼ばれた気がして、櫂は足を止めた。
「…水落先生。こんにちは」
学園で見るいつもの白衣姿でなく、ラフな私服で近づいてきたのは櫂の担任でもある水落瀬那だった。手には紙袋を持っているようで、何か買い物を終えてきた所なのだろう。
「珍しいですね。君が一人でこんな所にいるなんて」
相変わらずの穏やかな笑みで瀬那は櫂を見つめる。
彼がそう言うのももっともかもしれない。レイヤードに学園に入れられてから櫂は他の寮生が出かける休みの日にも一人険しい顔で自室に篭っている事が多かったから。
そうでなくとも、財閥の経営に時間を割いていた今までの期間、他の同年代の少年がするように出歩く事など、ほぼゼロに近かった。
「今日は一日翔に振り回されてたんです」
そう言って、少し前に再会した双子の兄を思い浮かべる。
「翔に?」
「ええ。ゲームセンターやら何やら連れて行かれて、さっきやっと解放してもらえた所なんですよ」
翔と櫂は双子でありながら離れて暮らしたという事情もあって、まったく違った育ち方をしていた。その環境はそれぞれ、小さな痛みを伴いもし、後悔も…ないとはいえない。けれど決して、否定してしまいたいものではなかった。
それでも、やはり櫂の方が世間から隔絶された生活、を送らされたという感はあり、それに翔は彼なりの負い目を感じているようだった。
今日の朝、部屋を訪れた翔はいきなり『遊びに行こう』と櫂を連れ出した。
「僕が…これまで出来なかった事を体験させたかったみたいで、次はこれ、その次は…って」
ゲームセンター、ファーストフード店…次から次へと翔は櫂を連れまわした。
『あ、あの店面白そうだな。入ってみようぜ』
『なぁなぁ、櫂。あれ、食べてみたくないか?』
戸惑う櫂に対し、翔は二言目にはこう言った。『俺は櫂の兄さんなんだからな』、と。だから安心してまかせろ、と言いたかったようだが、時々、はしゃぎすぎて周囲に迷惑をかけていたような気がしないでもない。
「全て終わって、平和な日常に戻ったのを実感しよう…って。翔らしいんですけど。だんだん自分が遊ぶのに熱中しちゃったみたいなんです」
それでも、楽しそうに笑う翔が当たり前のように一緒である事が、嬉しかったのも事実だった。今でも、どこか温かい気分で今日一日を思い起こせる。
「それは…。翔らしいですね」
同じ感想を抱いたのか、瀬那も柔らかい笑みを浮かべていた。
「はい」
今日が休日だからなのか、瀬那は教師の時とは違い、前髪をおろしており、眼鏡もかけていなかった。その優しい笑みに、櫂は思わず顔を逸らしていた。
「それで、翔は?」
それに気づいたのかどうか、瀬那は少しもペースを崩さずに問いかけてきた。
「翔は…青木君のお見舞いです。買い物をしてる時に偶然、青木君の好物を見つけたらしくて、差し入れてやらなきゃって」
櫂も付き合うと言ったのだが、その時、急に会社の秘書から込み入った相談の電話が入ってしまい、やむを得ず翔とはそこで別れる事にしたのだ。
緊急の用件だったらしく、近くまで来ていた秘書と落ち合って相談自体はどうにか片付けることが出来た。その後、秘書は学園まで車で送ると申し出てくれたが櫂は何となくもう少し、街を歩いてみたかった。
瀬那に声を掛けられたのは、それを断って歩いていた矢先だったのだ。
「これから寮に?」
「はい」
櫂が頷くと、瀬那はにっこりと笑って言った。
「そうですか。では、一緒に帰りましょうか。…迷子になると困りますしね」
「なりません!」
櫂の答えを気にも留めず、瀬那は櫂の隣に肩を並べ、ゆっくりと歩き出す。思わずそれに合わせ歩き出した櫂だったが、その時、瀬那の手がそっと櫂の手に添えられる。
そして、そのまま指と指を絡めるように手を繋がれた。
「水落先生っ…!」
思わず櫂の身体が震える。
「……セナ、でしょう?」
抗議にあがった声は、櫂の目を真っ直ぐに見つめて問い掛ける声に塞がれてしまう。
「櫂?」
確かめるように、髪にかかる距離で囁かれる。
その声が恥ずかしいような、嬉しいような感覚に櫂は僅かに身体の温度を上げた。
結局、この男には勝てないのだ。そう思って櫂はため息交じりにはなりながら抵抗は諦めた。
「……見られたらどうするんですか?」
せめて、そうとでも言うしかない。
「手を繋いで歩いている二人なんて珍しくもないでしょう」
瀬那は涼しい顔だ。本当にしゃあしゃあと、よく言ってくれる。
「男二人でなんて、充分珍しいです」
確かに周囲にも手と手を絡めあってるカップルやら、手を繋いだ子供たちなどは何十組もいるようだが…絶対に、それとこれとは別だ。
「嫌ですか?」
そう言って笑顔で選択を突きつけてくる所が時折、本気で憎らしい。
「貴方も、いちいち解ってる事を訊かないで下さい!」
解っていた筈だろうに答えを求めてきた、あの夜の事まで思い出してしまって櫂は顔を朱に染める事になってしまう。
照れているのか怒っているのか、解らなくなっている頬の熱さを感じながら、櫂は歩くペースを上げていた。
瀬那もくすくすと笑いながら、それに合わせる。
その手をそっと絡めたままで。

END


ええと、この後も話は微妙に続いていたりもするのですが、ここでカット。
本はまだ余っているので,このような拙文でよければ、イベントでどうぞ。
このようにネット上にあげてますので無料配布させていただく予定です。

しかし、打ち直しても自分の文章力に悲しくなる昨今。
愛があれば、と思いつつも他の方々の素敵文章が羨ましいです。


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