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「セナぁ!!おかえりなさいっ」
その日、瀬那が自宅の扉を開けると翔が尻尾を大きく振りながら駆け寄ってきた。
「ただいま戻りました。………翔?」
何か小さな違和感を覚えて瀬那は、翔の名前を呼ぶ。
「なに?」
首を傾げる翔には大きな犬耳がひくひく動き、ふさふさの尻尾がぱたぱたとふられている。
「その耳と…しっぽ。どうしたんですか?」
「え?いつも通りだよ?ほら」
「!」
翔はしっぽを振りながら瀬那に抱きついてきた。そうして体を摺り寄せる。まるで子犬が人に懐くように。
何だか事情は良く分からないが、目の前の翔に犬耳としっぽが生えているのは確かだった。耳を触ってみると温かく、体温もあるようである。
「ですから…その…犬耳の事ですが」
「わっ!セナの手冷たいね」
「す、すみません。いえ…それより」
あまりに翔が気にしていないせいか、何故か瀬那の方が動揺してしまう。というか、全く疑問の答えが返ってこない。
困惑しながら、もう一度耳に触ろうとすると、こほん、と誰かが咳払いをしたのが聞こえた。
「いつまで、遊んでるの?今日は年超しそば、用意するって言ってたよね」
凛とした声がすぐ傍で発せられる。翔の耳に釘付けになっていた瀬那は自分を現実に呼び戻してくれる声にハッと顔を上げた。
「櫂!?…翔のこの耳…は…いったい……え?」
確かに、そこに居たのは櫂だった。しかし、櫂は櫂なのだが、その櫂は瀬那を現実には全く引き戻してくれなかった。
なぜなら。
「何?何か疑問があるならはっきり言ってくれない?」
「………いえ。…私の目が疲れているのかもしれないのですが」
「だから、何?」
しどろもどろになる瀬那に櫂が詰め寄る。
さらさらの髪から覗く耳が、目前に迫っていた。そう。ふさふさの耳が。
「……君の頭からも…犬耳が生えているように見えるのですが」
ついでに、ふさふさのしっぽも。
「当たり前じゃない。翔と僕は双子なんだから。翔が犬なんだから僕も犬で、どこがおかしいの」
何となく、猫耳かと思っていました…。微妙な現実逃避思考に走る瀬那の前では二匹の子犬がじゃれあう光景が繰り広げられている。
「それより、翔。大掃除は年末までに片付けるって約束したよね。さっき、部屋見せてもらったんだけど、あれ、何?」
「え?何かまずい?」
「何かじゃないよ。あれは、物を一箇所に移動しただけ。ああいうのは片付けとは言わないからね!」
「え〜!俺、すごい頑張ったのに。櫂〜。もういいだろー」
「泣き落としでもだめ。ちゃんとやって。翔兄ちゃん」
櫂の決め台詞に、翔がうっと唸る。
ケンカのようでもありながら、耳としっぽの動きは子犬のじゃれあいそのもので、どこか微笑ましい。
というか、可愛い。
犬耳とか犬しっぽとか、そういう細かい事はどうでもよくなってきていた。瀬那の目の前に、可愛らしい双子の兄弟がいる。それで充分ではないか。
それまでの戸惑いが嘘のように、すっきりした気持ちになった瀬那はにっこりと微笑んで翔に声をかけた。
「翔。櫂も手伝ってくれるそうですから、一緒にやりましょう。勿論、私も手伝います。皆でやればあっという間ですよ」
「セナっ!!」
翔の顔がぱあっと輝く。
「…セナ。あんまり甘やかすとシツケによくないって言ってるのに。この間の首輪の掃除の時だって…って翔!紅白なんて見始めちゃ駄目だって!」
「え?櫂、み○さん嫌い?」
「何年か経つと分からなくなりそうなネタはいいからっ!……もう、僕だけ一人で怒ってるみたいじゃないか……」
櫂はぶつぶつと言いながら、それでも、もう諦めたようだった。さすがに双子だけあって、もう翔には言っても無駄だということが分かっているらしい。
「櫂はもう、掃除も完璧なんですね」
「当然でしょ。セナがなかなか帰ってこないから二回もチェック終えたくらい完璧だよ」
……おや?と思いながら、瀬那は口元を緩めて櫂の横顔を覗き込む。
「……私が居なくて寂しかったんですか?」
「…っ。知らないっ」
言った途端に、つんっ、と顔を背けられてしまった。どうやら、瀬那の言葉は櫂を拗ねさせてしまったらしい。
どうしたものだろう。
と、しっぽを見ると構って欲しそうに揺れているのが目に入った。
そっと耳に触れると、身体がぴくんとはねる。しかし、逃げようとはしない。
それをいい事に瀬那は櫂を抱きよせ、ゆっくりと頭を撫でながら耳元で囁いた。
「ただいま。櫂。遅くなってすみません」
「…………おかえり」
そう言うと櫂は力を抜いて瀬那に体を摺り寄せてきた。
「あー!いいなぁ。仲良しで」
翔が羨ましそうな目で瀬那と櫂を見ていた。
「……君も膝に乗りますか?」
ここぞとばかりに、瀬那は言ってみることにした。体を摺り寄せる櫂を撫でながらソファに腰を下ろしてみる。
「うんっ!」
それに翔は嬉しそうな声を上げると、勢いよく膝に飛び乗ってくる。
テレビには年末の風物詩番組。温かい部屋。そして双子が膝の上、瀬那に体を預けている。今まで、こんな幸せな年越しをしたことがあったろうか。いや、ない。
反語で瀬那は断言していた。
翔と櫂は瀬那に甘えながら、互いにじゃれあってもいるようで、それもまた幸せ気分を盛り上げてくれる。
「……真理さん。私は幸せです」
先程までの疑問はどこへやら、瀬那は幸せな世界の心地よさにすっかり浸かってしまっていた。


幸せな時間はあっという間に過ぎ、もう除夜の鐘が聴こえてきていた。
幸せ、ではあるのだが、さすがにこのまま此処で眠る訳にはいかないだろう。瀬那は半分寝ている翔と櫂を揺らして声をかけることにした。
「翔。櫂。此処で眠ると風邪をひきますよ。ベッドに行きましょう」
「んー。3人で?」
それはそれで、幸せかもしれない。川の字だ。3人で眠る幸せの象徴。川の字眠り。
翔の答えに瀬那は三秒で、そんな考えを巡らせる。
「…いいですよ。翔と櫂がよければ」
そう言うと翔は、小さく歓声を上げてまた、瀬那に体を摺り寄せる。
「…ん…。3人で…?」
その振動が伝わったらしく、櫂がぼんやりした声で言葉を繰り返す。
「さんにんで…きょうは…するの?」
さらに寝ぼけ半分らしい櫂が何か、何かとんでもない事を呟いたのを…聞いたような気がして、瀬那は思わず、聞き返した。
「…え……?」
「だから……きょうも、せなとぼくとしょうで…………」
そう言いながら櫂は瀬那の手を舌先でぺろっと舐めた。それから、小さな小さな声が「する」「何か」の話を呟き始める。


真理さん……。何かお聞きになりましたか。聞きませんでしたか。それは何よりです。
でも、私は聞きました。


「!!!」
がばっと瀬那が飛び起きるとそこは、ホテルの一室で、部屋には他に誰も居ない。
翔や櫂など居るはずもない。彼らは日本で、ここは日本とは随分時差もある異国の地なのだから。
「……夢?」
今しがたまで見ていた、夢の内容が鮮明に思い返されてくる。
犬耳である。犬尾である。仲良し兄弟である。……以下、一身上の理由により省略。
「…そうですよね。夢に決まってますよね。…夢に」
犬耳が生えてる時点で気付け、というのは無理な話だ。何故なら、少し前に耳が生えた翔を見てしまったのだ。そんな事もあるか、とうっかり思ってしまっても仕方ない。そう、瀬那は自分を納得させる言葉を探しながら思う。
「…………ゆめ…」
それにしても、どうしてこんな夢を見たのだろう。
願望、という考えは敢えて置いておく。
何故なら私は「瀬那お兄ちゃん」。彼らの兄のようなものだから。
寝ぼけているのか、全然理由になっていないフレーズを呟きながら瀬那は持参しているカレンダーに目をやった。
そこにある小さな文字。
『戌年』
……。
…………。
その時、閃光のように瀬那の頭に理由が思い浮かんでいた。
『戌年』
…………いぬどし。
……いぬ。
………………。
あけましておめでとうございます。太陽神さま。
すばらしい初夢ありがとうございます。
「……朝日が眩しいですね」
日本風に言うならば「初日の出」になるだろう夜明けの光に、その日、瀬那はこれまでにないほど感動を覚えていた。
太陽神に祈るかわりに、とりあえず太陽を拝んでおく。
そうすると「すばらしい」夢の中の翔や櫂の触り心地が蘇るようだった。
ふわふわのシッポ。さらさらの髪の毛。ふにふにした肉球。
そして、何より、めちゃくちゃ瀬那に懐いていた可愛らしい……子犬たち。
「ありがとうございます。戌年」
その日、十二年に一度回ってくる干支を瀬那は万感の思いで褒め称えていた。


後日。
いつものようにメールを確認していたレイヤードは首を捻る事になる。
それは人間界の瀬那からで、いくつかの学術論文を纏めたものと共に数行の日常が綴られたものだった。
曰く。
『人間界で生活して随分と経ちますが、今年ほど猫年がないことを寂しく思ったことはありません』


それが時候の挨拶の一種なのか、暗号でもあるのか。
遠い空の下でレイヤードが頭を悩ませている事など、瀬那は知る由もなかった。
ただ、彼の頭の中には可愛らしい動物が二匹動き回るのみだったのだから。

end.

あ、あけましておめでとうございます。
明らかに正月終わってますが。
何ヶ月ぶりかはきかないでほしい感じにSS更新です。
今年逃すと十二年は書けません(笑)な戌年物語です。
琥珀のマニュアルに載っていた某素敵四コマや某素敵な方達に触発されました瀬那双子?です。
…というか、瀬那さん。ただの変な(略)…。一応、コメディですので(強調)。
でも私、瀬那さんはこんな人だと思ってます。
……あれ。コメディだと強調した意味が?
新年祝い、及び、当サイトのリンク追加記念です。
2006,01,23 UP.

某サイト様にて…な、なにか素的な赤い人と子犬な絵を拝見できます。
…余裕が出来たらここのコメントも少し直しますです。(3/6.)


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