戻る。

 瀬那が旅に出る、と言い出したのは戦いから間もなくの事だった。
 紫苑や来栖が戴冠のため、王国に戻る準備を着々と進めていた最中だ。
『先輩や東堂先生がいなくなったら、寂しく、なっちゃうよね』
 別れの前から本当に寂しそうに目を伏せている杏里に追い討ちをかけるようではあったが、それでも、一番に言わなければいけない事は分かっていた。
 最初に謝って、怒られて、再会の約束をする相手は大事な恋人でありたかった。

 それから数日。空港には皆が揃って瀬那を見送りに来ていた。
「本当に急でしたよね」
 そういう櫂の傍では翔が、うんうんと首を振っている。
「そうそう。部屋に帰ってきた杏里が涙目だったんで理由聞いたら、『先生が旅に出る』だもんな」
「で、今度は翔が僕の部屋に飛び込んできたんだよね。あの時は、驚きましたよ?」
 納得はしてくれたものの、やはり少し恨みがましさを残した目で見る双子に瀬那は謝るしかない。
「すみません」
 瀬那の肩に乗ったピピも一緒に謝るかのように小さな鳴き声をあげた。
 そんな風に翔と櫂と話す瀬那を杏里は黙って見ていた。
 杏里は、怒らなかった。
 先生が決めた事なら、と笑って『いってらっしゃい』と瀬那に言ってくれた。
 多分、一人の時は少しだけ泣いていたと思う。それでも、謝るだけしか出来ないのが分かっている以上、瀬那にしてやれる事は無かった。
 今も、謝るだけしかできない。泣かれても、責められても、旅に出る事を止められはしないからだ。
 そんな風に感傷に浸る瀬那をじっと見ていた杏里が小さく口を開いた。
「あの…」
 少し戸惑っているような杏里に優しく笑って、瀬那は返す。
「何ですか?」
「ゆびきり、してくれますか?」
 そう言って杏里は首を傾げた。
それから、目を見開いて慌てたように付け加える。
「あ、あの。先生が帰ってくるの信じてないわけじゃなくて。えっと、でも」
 あたふたとする様子がとても可愛らしく思えて、瀬那はくすりと笑っていた。
「いいですよ。はいどうぞ」
 小指を差し出すと、杏里も指を絡めてくる。瀬那に比べれば小さくて柔らかい指だ。
「え、えっと指きり…あ」
 途端、また杏里がおろおろと顔を動かしながら目をぱちぱちさせる。
「嘘ついたら、針千本…って飲むと痛いよね、どうしようどうしようどうしよう」
 指きりの言葉を思い浮かべた途端、それが心配になったらしい。
 そんな所に本気で心配を始めてしまう所が実に杏里らしい。
「私は嘘なんてつきませんから大丈夫ですよ」
「でもでもでも」
 ハリセンボン…針千本…杏里は直も口の中で繰り返している。
 そんな二人の様子を笑いを噛み殺しながら見ていたらしい来栖が、何やら思いついたように、声をかける。
「千倉!」
「え」
「『嘘ついたら水落先生なんて嫌いになる』って言ってみるのはどうだ?」
 効果もありそうだろ、と続けてかかる声に杏里はそれまで以上に目を瞬かせている。
 来栖は、と言えばからかい半分の目で瀬那を見ている。
 本気で困っているらしい杏里を見かねて、瀬那が何か言おうとした瞬間、杏里がぱっと顔をあげた。
「駄目だよ駄目だよ駄目だよっ!だって、僕、どんなに嘘つかれても水落先生の事、嫌いにならないと思うから」
 そう、来栖に言うと杏里はにっこり笑って瀬那を見た。
 曇りのない瞳が自分を映しているのが分かると、瀬那の心に何か温かいものが溢れてくるようだった。
 微笑みながら、自分を好いてくれる少年を見つめる。
「嬉しいですよ」
 本当に、本当に、とても嬉しい。その思いを込めて囁く。
「だって、本当だから。僕、何があっても先生の事…大好き」
「私もですよ。……だから、待っていてくれますか?」
 絡めた指が、心の中の約束をのせて揺れる。
「うん」

 再会を約束する指きりが揺れるたび、小さな指輪がきらりと光っていた。

   END  

おまけ
 その頃の翔と櫂、及び来栖と紫苑(←居たんだ…)
「な、なんかすごいのろけ合戦を聞かされてるような気がしてきた…」
 早々に脱落しそうな声音で翔が呟く。
「…翔。……多分、それ、気のせいじゃないよ」
「ついでに、オレたちの存在が忘れられてるのもな」
「そうですね」
 そんな若人三人の様子に気づいているのかいないのか、紫苑は感慨深げに二人を見ているようだった。
「……微笑ましい光景だな」
 とりあえず、ノロケ話にあてられていないのは、そう呟いた紫苑だけのようだった。


な、何だかかなり消化不良な話ですみません。
指きりをする瀬那と杏里が書きたかったらしいです。
あとがき、後日追記します。とりあえず更新予定日を守りました。
2005,5,24 UP
<追記>
…私は何を追記したかったのでしょう。(in六月某日)
頭が悪いのが露呈されてます。
瀬那杏里は「お嫁さん」な二人なので、他の人たちでは出来ないような会話をしてくれそうです。
空港で指きりしてる二人って微笑ましい気がして、こんな話になった…筈。
え、えっと紫苑の出番が上のような状態なのは…「紫苑は普通に微笑ましく見てる人だから」という理由です。
多分、恥ずかしいとかは思ってない気がします。


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