戻る

貴方は……言いましたね。
私の黒い翼を見て、綺麗だと。

あの時は、さすが、幽閉されていた王太子さまだと思いましたよ。



「光、ひとつぶ」



「ラン!……ラン!!」


どこからか呼ぶ声が聴こえていた。
方向感覚が狂っているのか、それがどこから聴こえてくるのか分からない。ただ、自分の名前を何度も呼んでいるのだけが耳に入ってくる。
ああ。あれは、レイヤードの声だ。と、声の主に思い至る。 また何か困った事でも言い出したのだろうか。彼はランが望んだように役割を果たしてくれていたが、時折、甘さと賢さを妙な所で発揮する。周囲に宥められれば結局は納得をしてくれたものの、お飾りの総帥に、あまり賢くなられても困るものだと何度か思った事がある。
素質があったのか、あるいは……王族ゆえか。複雑な研究内容も、ある程度レイヤードは理解しているようだった。
(……そのわりには、他人の感情には理解が及んでいなかったようですがね)
そんな事を考えながら、何かを忘れているのではないかという思いが同時に沸き起こってくる。
忘れてしまえる程度のものなら、大した事のないことなのかもしれない。けれど、その「何かを忘れている」という感覚が普段のものとは何か違っている気がした。そもそも、自分はどこに居て、レイヤードはどこから呼んでいるのか。いや、それ以前に、自分が立っているのか座っているのかさえも分からない。
自分は、そもそも、此処に居るのだろうか。
そんな馬鹿な事を考えた。


「ランっ!居ないのか!?……お前はっ!!」


それに呼応するようなレイヤードの声に笑みが零れた。
その声から、憎悪が伝わってこないのが不思議だとも思った。
…………。
……………ああ……そうか。
もう、彼の言動に注意を払う必要はなくなったのだ。
もう、彼の価値はなくなったのだから。
私は、彼を裏切って………そう、その身体を切りつけたのだから。
もう、終わったのだから。


「ランっ!」


私は負けたのだ。白い翼に。
取り込まれていた意識が戻って来るにつれて、今までの記憶が鮮明に蘇ってくる。
不思議と心は穏やかだった。
情念が浄化されたからか。やっと、長い生を終えることが出来るからか。
おそらく、その両方だろう。そう思いながら僅かに息を吐く。吐こうとする。それが出来ているのかどうかは判別が付かなかった。身体の感覚というものは情念と一体化した時に既に失っていたし、情念が浄化された今となっても、翼を持つ者の宿命として身体自体が消えかけているせいなのだろう。
光の粒になって、身体が消えていきつつあるのだけが、ぼんやりと分かる。
その「分かる」という感覚すらも、長い間消えていく同族を見送ってきたゆえの錯覚かもしれなかったが、そんな事は今更どちらでもよかった。
光の粒になるのだ。白い翼も黒い翼も。
何も残さず、消えていくのだ。
光の粒を多く目にしたのは、あの日、血に染めたウィンフィールド城でだった。
我々の仲間も、白い翼の一族も傷付き、倒れ、消えていった。
何一つ残さず消えてしまえばいいのだ。そう思って笑ったのは、『情念』だったのだろうか。
ただ、光の粒になって消えていく白い翼を見遣って、笑った。
愉快だった。
何度も何度も、暴走の果てに消えていく黒い翼を見てきた。
何一つ残さず消えていく。
残された者に絶望だけを与えて。
その消えていく姿を、記憶と被らせて、高く笑い声を上げた。
当然のように光を浴び、民からの尊敬を受けていた王族の連中には、ただ憎悪しかなかった。
王家の恒例行事の一つだった、白い翼での飛行を何度か見に行った事もある。
日の光を受けて、その白い翼が開かれるのを見るたびに、じわりと黒い塊が身体の中から生まれてくるようだった。
観衆が声援を上げるたびに、背が鈍く痛んだ。 無遠慮に輝く白い羽も、それを照らし、輝かせる光も何もかも呪わしくて仕方なかった。
けれど、こうして光の粒になってしまえば、終わりだ。
もう、返れない。
光の粒を、長い間、繰り返し繰り返し見続けてきた。痛ましく思いながら、白い翼への憎悪を込み上げさせながら、見つめ続けてきた。僅かな時間で掻き消えるその光を。
胸が痛む。背が痛む。怯える。憎悪する。嘆く。
そんなどろどろと汚れた思いだけを込み上げさせた光の粒を、今は愉快に思って見つめ続ける。
これが望みだったのだ。こうして愉快に思ってやることが。
望みだった。

そう、思った。

いま、此処にいる私は―――。


「ランッ!」


また、レイヤードの声が聴こえた。どういう作用なのか、今度は少し近くで響いたように思える。
その答えを思って、一人で納得した。
光の粒になっているのだ。
肉体という枷から外れて、この『身体』は動けるようになっているのだろう。ほんの僅かな間だけだとしても。
レイヤードの元に向かおうと試みる。
どうやら、この情念の中でも彼は、まだ生きているようだった。それは、彼の中に白い翼の血が流れているためなのかもしれない。だから、私とは違ってここまで一体化しなかったのかもしれない。仮定の話を幾つも積み上げる。
けれど、このまま此処に居れば、どうなるかは分からない。
自分でも不思議だった。
自分で傷つけておきながら、こうして彼を助けようと望んでいることが。


『解放してあげますよ』


そう告げて、急速に全てが崩壊していくのを感じる。浄化される情念が、捻じれて飛散していこうとしていた。


「ランっ!」


もう、何度目か。レイヤードの呼ぶ声を聞いた。おそらく、これが最後だろうとも思った。
子供のように涙を溜めて、レイヤードが私を呼ぶ。


初めて出会った時、何も知らずに私を見た瞳と、何もかも知って私を見る瞳がどうしてか重なっていく。
あの日、ウィンフィールド城で光の粒を見た。愉快だと思った。そう思う事が望みだったと思った。

けれど。

(……ああ。綺麗、だ)
そう思って目を細める。
貴方の瞳から落ちた、その光の一粒を。とても、綺麗だと思う。



「  っ!!  !」



胸の内で感じた思いに、満たされる。
もしかしたら、そう思う事が、私の望みだったのかもしれない。
こんな風に思って消えていけるなら、貴方の甘さも悪くない。
もう、耳には何も届かない。声も発せない。ただ、ぼんやりと光が浮かぶ。
貴方は言った。私の翼が綺麗だと。あの声がとても懐かしかった。
貴方が私に送った最初の言葉があれならば、私が最後に贈る言葉が同じだというのも……悪くないと思いませんか?
そう思って、呟く。多分彼に届く声にはならない。けれど呟いておきたかった。


(……綺麗、ですよ。貴方の……光は)


そうだ。その光の一粒は、何も残さず消えていくけれど、私は、それを綺麗だと、そう思って、



消えていける。


(end)


それは……ランの見た、最後のもの。大事なもの。きれいなもの。記憶の一欠けら。

光に憧れて、眩しさを疎んで、それでも、彼が最後に見た光は美しいものだと思えていましたように。
そして、彼が満たされていましたように。みたいなイメージです。
しあわせのあり方は計れないけれど、それでも、その光が彼のしあわせの一つであったら、と思います。
いとおしむ事が、弱さや甘さでなく、美しいものとして記憶になるようにと。

相変わらず、何言ってるんだか分からなくなってきましたが、という事でサイト的には初のランレイでした。予定よりかなりUPが遅くなりました……。すみません。


2006,12,15 UP

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理